臨床研究を通じて、目の前の患者さんに最善の薬物治療を提供する
2024.11.22(取材日:2024.10.2)

浜松医科大学医学部附属病院薬剤部
薬剤主任
田中 達也
Hironari Tanaka
同じ薬であっても、薬の効き方や副作用の現れ方には個人差があります。これは年齢や体質、性別などが関係しているためです。患者さんが安心して治療が受けられるようにするために、現場で働いている薬剤師は、業務と並行して研究活動にも取り組んでいます。ここでは、仕事と学業を両立して大学院を修了した浜松医科大学医学部附属病院薬剤部の田中達也氏に大学院に進んだ経緯や臨床研究について伺いました
薬学部を選んだ理由を教えてください。
中学生の頃、肺がんだった祖父が抗がん剤の副作用に苦しんでいる姿を見て、副作用の少ない薬を開発して社会に貢献したいと思い、薬学部に進学しました。
卒業後は病院に就職されましたが、大学生活の中で何かきっかけがあったのでしょうか。
病院実習のときに薬剤師の病棟で働く姿を見たことが大きかったですね。患者さんのところへ積極的に行って指導したり、医療チームの一員として、医師や看護師に処方提案や情報提供をしたりして、チームの中で欠かせない存在となっていました。また、指導していただいた薬剤師の先生が病院で働きながら大学院で研究しているという話を伺ったことも病院に就職した理由の一つです。研究というと、製薬企業や大学というイメージが強かったのですが、実務実習は私に新たな気付きを与えてくれました。
それから5年生の時のアメリカ・カリフォルニア大学サンフランシスコ校での研修も後押しになりました。アメリカの病院薬剤師は、日本と比べ地位や立場が異なり、薬物治療をリードする立場で患者さんをケアしています。将来的に日本においてもアメリカの病院薬剤師のような地位を築けるのではないか、そんな思いも持っていました。

薬剤師が働いている姿を間近に見て病院に就職されたのですね。多くの学生が田中さんのように先輩薬剤師の働く姿にあこがれて、病院や薬局に就職したという話はよく耳にします。そういった意味で実務実習は学生にとって自身の将来の道を示すものになっているのでしょう。
仕事をしながら研究できることが病院を選んだ理由の一つだとおっしゃっていましたが、いつ大学院に入学したのですか。
2年目まで研究の基盤となる研究計画を作成し、3年目に大学院に行きました。私の職場は研究する環境が整っており、研究に必要なデータも取りやすいですし、実験する際、分からないことがあれば、先輩薬剤師が相談に乗ってくれました。
仕事と学業の両立は大変ではなかったですか。
業務時間は8時30分から17時15分。勤務後が研究活動の始まりです。ほとんどの大学院の講義は業務後の18時頃にあります。医師も同じ講義を受講しているので、治療のディスカッションはとても勉強になりました。所属講座等の実習は、日中のまとまった時間に行われるため、その際は、業務調整を実施の上、薬剤部の先輩後輩の協力のもとで実習に参加できるよう業務体制を配慮していただきました。また、研究の実施について、私の大学院での研究課題の特性上、患者さんの薬物血中濃度や血中バイオマーカーの測定を必要としたため、血液検体の処理および測定をまとめて実施していました。その際には、長時間を要するため、業務前に検体の前処理等の準備を行い、昼休みから測定を開始し業務後に結果を確認できるようにするなど、研究方法を工夫していました。業務と研究の両立には時間の使い方がポイントで、場当たり的にならないように綿密な計画を立てていました。研究に没頭するあまり、夜遅くなることもありましたが、とても充実した日々を過ごしました

製薬企業と臨床での研究の違いについて、田中さんのお考えを教えてください。
医薬品の開発は年月を要するため、未来の患者さんに対してという意味合いが強いかもしれません。あるいはこれまで治らなかった病気を治す、治療効果の少なかった問題点を改善するといったイメージもあります。
一方、臨床研究は、まず現場ですね。結果的に未来の患者さんに対しても恩恵があると思うのですが、目の前にいる患者さんへの課題解決だと思います。例えば、弱オピオイド鎮痛薬であるトラマドールという薬も患者さんによって痛みが取れない、副作用による吐き気や眠気の症状が他の人に比べて強いケースが少なくありません。どういった患者さんにこの薬を使うべきなのか、もしくはトラマドールは使わずに強オピオイド鎮痛薬であるモルヒネなどを早期に使うのがベターなのかと、論文を探すのですが、該当する研究が見つからないこともあります。現場の薬剤師が研究活動を通じて、そういった課題を解決していくことが臨床研究なのだと思います。
医薬品開発は薬学部に限らず、例えば理学部や工学部、農学部で学んだ人も携わることができます。一方、6年制薬学部は、臨床に特化した研究者の養成についても力を入れており、田中さんはまさにそのモデルケースと言えますね。
6年制薬学部は生涯にわたって研鑽していくことがうたわれており、私自身も薬剤師の目線で常に現場で起きている課題(クリニカルクエスチョン)を抽出してそれを解決し、患者さんに最善の薬物治療が提供できるようにしていきたいと思っています。

プロフィール

浜松医科大学医学部附属病院薬剤部
薬剤主任
田中 達也(たなか・ひろなり)
2013年3月、東京薬科大学薬学部卒業後、浜松医科大学医学部附属病院薬剤部に入職。入職3年目には浜松医科大学大学院医学系研究科博士課程に入学し、臨床業務と両立しながら研究に取り組む。2019年、同大学大学院医学系研究科博士課程・博士(医学)終了。2022年からは同院薬剤部薬剤主任を務めている。現在は、病棟での薬剤業務を兼務しながら医薬品情報管理室長として、最適な薬物治療の提供を目指し、医薬品の適正かつ安全な使用の推進に取り組んでいる。また、データベース研究にも着手し、臨床へつながる研究を目指して活動している。日本医療薬学会医療薬学専門薬剤師、日本薬剤師研修センター認定薬剤師、認定実務実習指導薬剤師。