研究者マインドと医療人マインドの両方を育むことができるのが6年制薬学部
2025.1.14(取材日:2024.12.9)

大阪大学大学院薬学研究科 臨床薬理学分野 講師
大阪大学医学部附属病院薬剤部 薬剤師
廣部 祥子
Sachiko Hirobe
大学病院で働きながら、大学では教鞭を執り、研究にも取り組む廣部祥子さん。6年制薬学部1期生である廣部さんにこれまでの歩んできた道と、6年制薬学部の魅力について伺いました。
廣部さんが大学に入学したのは、6年制薬学教育がスタートした初年度の2006年で、当時の大阪大学薬学部は4年制の薬科学科と6年制の薬学科がありました。6年制の薬学科を選んだ理由を教えてください。
もともと病院で働くことが夢だったので、薬剤師の資格が取得できる6年制の薬学科を選びました。実際入学してみると、研究も面白くて、5年次の実習期間中も研究のことを忘れないように、実習が終わってから研究にも取り組んでいました。
卒業後は病院や企業への就職ではなく、大学院に進学されましたが、何かきっかけがあったのでしょうか。
せっかく頑張って研究したのに、研究の要となる部分を論文にできませんでした。このまま寝かせておいたら、もったいない、さらに続けたいという思いが当時は強かったですね。
研究は思った通りにいかないことが多いのですが、自分が立てた仮説が立証された時はうれしかったですね。誰も知らないことを発見できたわけですから。研究していると思いがけない発見もあります。なぜこんな結果が出たのか、という新たな疑問が生まれ、それに対してどうアプローチするかということを研究室の先生や学生と話すのは面白かったですね。

学部時代の病院実習や薬局実習が研究に生かさていることはありますか?
実務実習に行って、医療現場で薬が使われている世界を見た時に、基礎研究とかけ離れていることを実感し、常に医療現場で使われることを念頭に置きながら、研究を進めるようになりました。どんなに良い薬を開発しても患者さんに投与されなければ、研究者の自己満足でしかないと思います。当時は医療現場の厳しさを痛感しましたが、今振り返ってみると、研究者マインドと医療人マインドの両方を育むことができるのが6年制の薬学教育の魅力だと思います。
近年、臨床研究から基礎研究につなげる「リバーストランスレーショナル」の重要性が叫ばれていますが、学部時代に医療現場の世界を見ておくことは、将来研究者を目指す人にとっても必要なことなのですね。
その後、大学に就職されましたが、研究に対するモチベーションがさらに高まったのですか。
学部時代に就職活動をしていた時に、製薬企業の研究者の方とお話する機会があったのですが、企業ですから利益を生み出すことも考えなければいけないとのことで、薬を開発するにも剤形や種類など、やれることが制限されているように感じました。大学では自分が興味をもったテーマについて突き詰めて研究することができる、その部分が一番大きかったですね。
医療従事者を夢見ていた高校生が研究者になる。大学職員は研究者であり、教育者でもあるわけで、180度違う世界に入るなんて不思議ですね。
6年制薬学教育は、座学の講義だけでなく、研究や実習など多岐にわたっており、それらを通じて薬剤師の可能性や気づきを与えてくれました。私は研究の魅力にとりつかれて、研究者・教育者の道を選択しましたが、夢を持って、製薬企業の研究者や臨床開発者、大学病院の病院薬剤師などに進む人もいました。
薬の開発ということで言えば、4年制の薬科学科もありますが、その当時、6年制の薬学科をどう見ていましたか。
良い薬を開発したいという思いは、どの学科・学部の学生さん、研究者も同じだと思うのですが、私自身、実務実習を通じて、現在、病気で苦しんでおられる患者さんだけでなく、未来の患者さんのために、どんな薬が必要なのかという視点を与えてくれ、大きなモチベーションになりました。
3年ほど助教として大学に在籍された後、厚生労働省に出向されましたが、どんな仕事をされていたのですか。
高齢社会がピークを迎える社会の中で、薬剤師が求められる職能、その能力を身につけた薬剤師を輩出するために、大学ではどんな教育が必要なのかということを文部科学省や日本薬剤師会、患者団体といった関係者と議論を交わしていました。ときには、国民が求めている薬剤師について、患者団体や日本医師会からも厳しい言葉をいただきました。大学に戻ってからも厚生労働省での経験は活きています。
2040年には高齢者の比率がピークを迎えると同時に、社会保障制度を持続可能なものにするために、地域で療養する患者さんが増えることが予想されます。患者さんが安心して療養生活を送るためには薬局薬剤師のますます重要になってくるでしょう。それを実現するためには、薬局薬剤師は病院や病院薬剤師とのさらなる連携が必要だと痛感しましたし、病院と薬局のことを知っておくことは重要だと思いました。

現在は病院薬剤師としてもご活躍されていますが、臨床現場で働くことにこだわった理由はあるのでしょうか。
病院で働かきながら、そこで培った経験や専門性を教育や研究に生かしたいと思ったからです。大学を外から見たときに、臨床現場で活躍できる薬剤師を養成することが6年制薬学教育の一つの使命であるのに、臨床経験を持った大学教員が少ないと感じていました。
研究では、病院にある患者データを活用して、抗がん剤の副作用の発現に関する研究、大学の講義では、臨床現場を意識した模擬症例を用いた臨床病態解析演習などを行っています。
最近、オープンキャンパス等で高校生やその親御さんから、医療現場でAI導入が進めば、薬剤師は将来的にどうなるんだろうかとの声をいただきます。薬剤師にどのような未来があるとお考えですか。
AIが臨床現場に導入されれば、薬剤師はさらに職能を発揮できると思っています。ルーチンワークが減れば、その分、患者さんに寄り添ったり、研究教育に時間を割けます。またAIは膨大なデータから短時間で最適な薬物治療を提案しますが、薬剤師が介入することなく、AIが解析した全ての情報を患者さんに伝えるようなケースでは、治療を拒まれてしまうことも想定されます。そういったことが起こらないように、薬剤師が情報を取捨選択して、分かりやすく説明することが必要になってくると思います。治療の意思決定は患者さんあるいはご家族であり、それを支援するのが薬剤師をはじめとした医療従事者なのです。今後ますます責任を持って薬に関するケアをすることが求められるでしょうし、選択や責任は、AIではなく、薬剤師が背負うもので、ますます活躍の場が広まるものと思います。
薬学部を目指す人にメッセージをお願いします。
薬剤師が活躍できる場は、病院や薬局といった臨床だけでなく、製薬企業や行政、大学といったように多岐にわたります。変化が激しい時代、自分の目標を達成するために、いろいろな仕事をしてキャリアを積み上げていく人も増えてきました。その意味ではうってつけの学部だと思います。
プロフィール

大阪大学大学院薬学研究科 臨床薬理学分野 講師
大阪大学大学院医学系研究科薬理学(分子医薬学)講座 講師
大阪大学医学部附属病院薬剤部 薬剤師
廣部 祥子(ひろべ・さちこ)
2012年3月、大阪大学薬学部薬学科卒業後、同大学大学院薬学研究科に進学。2012年9月から同大学大学院薬学研究科の助教として経皮ワクチンの開発に関する研究に従事する。その後、厚生労働省の出向を経て、現在は、臨床現場で働きながら、研究者を育成するとともに、臨床研究にも取り組んでいる。薬学博士、医療薬学専門薬剤師。