研究成果を医薬品の基準やルールづくりに反映し、最先端医療に貢献する
2025.4.16(取材日:2025.1.17)

国立医薬品食品衛生研究所
生物薬品部 第二室長
柴田 寛子
Hiroko Shibata
薬剤師の免許を持ち、薬学博士の学位も持つファーマシスト・サイエンティストの活躍に期待がかけられています。医薬品や香粧品、食品、環境化学物質など、幅広い化学物質について、品質や有効性、安全性等を評価する厚生労働省直轄の国立医薬品食品衛生研究所で、研究者として活躍する柴田寛子さんもその一人。医薬品に関する規制や基準づくりに貢献しているという研究のほか、薬学部に進学した理由、研究の道を歩んだきっかけなどをお話しいただきました。
薬学部に進学した理由を教えてください。
高校生の時、当初は、遺伝子組み換え食品に興味があり農学部も考えていましたが、薬剤師である母の友人に話を聞き、薬剤師資格があると女性が生涯働く上で有効な場面が多いのではないかと考えて薬学部に入りました。周囲に薬学部への進学希望者がいたことも影響しました。
薬学部への進学時点では、薬剤師職に興味があったのですね。卒業後、薬剤師の職に就くのではなく、大学院に進学されたのはどうしてですか。
私の時代は4年制薬学部でしたが、4年間勉強をしていく中で、薬をつくる研究に携わりたいと思うようになりました。製薬企業で研究職に就くのであれば大学院に進学することが必要だと考え、また他大学での学生生活も経験したいという希望もあり、大阪大学の大学院に進学しました。
もともとは、2年間大学院で研究した後、製薬企業の研究職に就くというロードマップを描いていましたが、研究中心の学生生活で就職活動への準備不足もあり、製薬企業への就職は叶いませんでした。ちょうど、私が博士前期課程を終える頃は、大手の製薬企業の国内研究所が閉鎖されたり、製薬企業の合併が続いたりという状況があり、創薬においては博士後期課程修了者が優先されるようにもなっていました。好きな研究を続けつつ力をつけるため、博士後期課程に進みました。
就職先として国立医薬品食品衛生研究所を選ばれた理由と、現在のお仕事内容について教えてください。
研究を続けるうちに、私には製薬企業での研究職は合わないと思うようになりました。また、私がいた大阪大学のような国立大学では世界の最先端を行く研究がされていて、大学で研究を続けるには力量が足りないとも感じていました。迷っているときに、厚生労働省に就職された先輩に国立医薬品食品衛生研究所の仕事内容をうかがい、私の特性を生かせるのではないかと思ったのです。ファーマシスト・サイエンティスト(薬剤師博士)となったことで、職業の選択肢は増えたと思います。
現在は「生物薬品部」に所属し、抗体医薬品などの新しい医薬品の基準づくりを主に行っています。抗体医薬品とは、免疫システムを利用した医薬品で、がんや免疫疾患などの難しい病気で副作用を軽減した治療ができるため、開発に期待がかかっている分野です。私は特に抗体医薬品などの品質評価に関する研究を専門としており、効果や安全性に関連する品質を科学的に検証し、新しく世の中に出る医薬品について効果や安全性を確保するための品質に関する基準をつくる仕事をしています。基準づくりと聞くと地味に思われるかもしれませんが、最先端の医薬品を世の中に出して品質を確保することに貢献ができる仕事で、とてもやりがいがあります。
医薬品の承認審査に外部の専門家として参加したり、医薬品の品質や規格を定めた「日本薬局方」の原案作成委員会にも参加しています。

就職してすぐは「薬品部」に所属されていましたね。その頃はどのようなお仕事をされていましたか。
医薬品の基準づくり、規制に関することに従事している点は同じです。薬品部に所属していた頃は、目的の場所に成分を効率よく届ける「DDS製剤」の品質を評価する方法を研究し、基準やガイドラインに反映する仕事に多く取り組んだほか、ジェネリック医薬品の品質試験も実施していました。ちょうど、がんなどの難治性の疾患に対する「DDS製剤」の研究開発が盛んに行われている時期で,基準が求められていました。
このように、幅広い種類の医薬品の基準づくりに関わってきた経験から、現在、医薬品分析に関わるガイドラインをつくる国際会議「ICH(医薬品規制調和国際会議)」にも参加しています。グローバルな世界で日本のプレゼンスを高めていくために、あまり英語が得意ではない私としては、研究力とともに英語力を向上することも課題です。
6年制薬学部では、病院と薬局でそれぞれ11週間ずつの実務実習を行います。医療現場ではなく研究者となる場合も、実習経験は役立つとお考えですか。
はい、役立つと思います。私の頃の4年制薬学部での実習は、今の22週よりももっと短期間でしたが、私は大学院在学中に、病院で週2日程度、アルバイト薬剤師として勤務していました。この時に現場の薬剤師の方がどのように働いているのか身をもって経験したことは、今の仕事にも生きています。6年制薬学部で医療現場を十分な期間経験することは、どんな仕事に就くとしても、ファーマシスト・サイエンティストとして働く上でよい影響があると思います。
今、薬学部進学を考える高校生からは、薬剤師の仕事は今後、AIに取って代わられるのではという懸念の声をもらいます。その点はどう思われますか。
AIの発達の影響は、どんな分野でも無視できないものになっています。研究でも、医薬品の製造現場でも、AIは活用されています。今、リアルワールドデータと呼ばれる臨床現場で収集・分析したデータを医薬品の承認過程で活用していこうという動きもあり、今後ますますAIの利用は進んでいきます。
現場の薬剤師の仕事では、AIによって業務効率化が進み、より薬剤師の専門的な職能を発揮する機会も増えるでしょう。AIを前向きに活用していくことが大切です。
6年制薬学部への要望もお願いします。
今日本では、海外で承認されている医薬品が日本で承認されるまでに時間がかかったり、日本では発売されないといった、いわゆるドラッグラグ・ロスという問題があり、特に希少疾患や高額な医薬品において、日本の患者さんが最新の治療を受けられないという事態も起きています。この現状を打破できる人材としても創薬研究ができるファーマシスト・サイエンティストの育成が必要です。
医療現場の薬剤師にも、薬の成り立ちの深い理解や、薬ができるまでの幅広い知識は必要です。6年制薬学部の先生方、学生さんには、創薬に関する勉強にも力を入れて、日本の創薬力向上につなげてほしいと思います。

プロフィール

国立医薬品食品衛生研究所
生物薬品部 第二室長
柴田 寛子(しばた・ひろこ)
愛知県出身。静岡県立大学薬学部を卒業後、大阪大学大学院薬学研究科に進学。2007年同博士後期課程応用医療薬科学専攻を修了し、国立医薬品食品衛生研究所に入所、薬品部に配属。2011年薬品部主任研究員、2016年より現職。タンパク質凝集体評価を主要研究フィールドとし、バイオ医薬品やその後発品であるバイオシミラーの基準づくり等に尽力する。日本薬局方原案審議委員会、医薬品規制調和国際会議など、外部での活躍も多い。