一般社団法人薬学教育評価機構

薬に限らない幅広い学びを活かし、俯瞰する視点で日本の医薬行政を支える

2025.4.16(取材日:2024.3.3)

Interview

消費者庁食品衛生基準審査課長
薬剤師 博士(薬学)

紀平 哲也

Tetsunari Kihira

紀平哲也さんは、1993年に大阪大学薬学部を卒業し修士課程を修了後、当時の厚生省に入省。新薬の承認審査、医療保険制度改革、薬剤師や薬局の施策等に尽力してきました。米国食品医薬品局(US FDA)や医薬品等の有効性・安全性を評価する組織・医薬品医療機器総合機構(PMDA)等、外部の機関への出向も多く、現在は消費者庁に出向し、食品衛生基準審査課長を務めています。幅広い経験をお持ちの紀平さんに、仕事内容や日本の薬学教育について伺いました。

薬学部に入学した理由を教えてください。

 いろいろ理由はあるのですが、薬学部は、大学でしか学べない分野を学べる学部であり、大学に行かなければ取得できない薬剤師の資格を取れる点が魅力でした。

修士課程への進学から厚生省(当時)に就職するまでの道筋はどのようなものでしたか。

 高校までの勉強は、正解の導き方を学ぶものですが、大学で学ぶ学問は、答えのない課題に取り組み自ら答えを見つけていくものです。そうした研究が面白く、もう少し続けたいと修士課程に進学しました。民間企業で競争しながら働くイメージが持てなかったこともあります。
 その思いは、就職先の選択でも大きく影響しました。研究を続ける道もあったとは思いますが、研究もある意味競争の世界、自らの研究のアピールが求められます。私は競争するよりも、多くの研究を組み合わせてよりよい方向に導く方がやりがいを感じられるのではないかと考えました。そうした中で、全体を俯瞰して考え、適切な選択をして国の運営を支えていく、行政の仕事に興味を持ちました。

入省後、最初はどのような仕事に携われたのですか。

 はじめは、化学物質の安全性の審査業務に携わりました。この業務は、医薬品と食品を除くすべての化学物質が対象で、いろいろな問い合わせがまず寄せられる部署でした。医薬品、食品、毒物・劇物についての問い合わせならば、該当の部署を案内するなど、寄せられる声をまず俯瞰的に見て対応するという、よい経験ができたと思っています。
 2年目には、新しく開発された医薬品が医療現場で使えるかどうか、審査・承認する業務に関わりました。現在は、審査実務をPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)が担っていますが、当時は厚生省の事務局ですべての対応を行っていました。製薬企業から提出された申請書類を読み込み、提出された資料の原データの確認や現地調査など、内容の精査を行っていました。
 新薬の承認審査業務には、その後、別の業務をはさんで数度関わりました。その経験をもとに、数々の新薬承認について、共通項や分野ごとの課題を研究・整理して論文にまとめ、薬学博士の学位を取得しました。

行政の仕事を通じて研究ができるのですね。国際会議などでも活躍されていますが、学位は役立ちますか。

 通常の業務では、学位を持っていること自体が役立つ機会はほとんどありません。しかし、取得する過程で身につく科学的・論理的な思考力は業務の中で生かされていると思います。また、国際会議などでは、学位を持っていると尊重される場面はあるように思います。

後にPMDAに出向されたときには、新型コロナウイルスワクチンの承認に関わったとうかがっています。メッセンジャーRNA(mRNA)を使った、新しいタイプのワクチンということで、一般の方からの関心も高まりました。そのお話も聞かせてください。

 新しい感染症の発生を受けて、2020年2月にWHOが会議を開き、対策が話し合われました。私はその会議には他の業務で参加できませんでしたが、3月にリモートで開催された薬事行政に関する国際会議に参加しました。その会議では、ワクチン開発に際して、できるだけ早く臨床試験を開始するための方針についての議論が行われました。
 mRNAワクチンは、結果として新型コロナウイルスワクチンが初めての商品化となりましたが、それまでに海外で臨床試験も行われ、研究は進んでいました。mRNAワクチンの基礎となる遺伝子を細胞に運ぶ技術は、ワクチン以外の分野での承認実績もありましたから、まったく新しいところから始めたわけではありません。PMDAが培ってきた評価のノウハウや情報を組み合わせてスピーディーに進み、4~5月には、早期の臨床試験開始や承認申請に向けて必要となる試験等を開発企業に提示できるよう整理しました。その後、9月には文書として公表されましが、私はその前に異動となり、ワクチン承認への関わりは途中までとなりました。

その異動後はどんなお仕事をされていましたか。

 厚生労働省に戻り、保険局医療課で薬剤管理官を務めました。日本では誰でも保険証を持って医療機関や薬局に行けば、その料金の一部を負担するだけで済む国民皆保険制度を採用していますが、医療が発達すれば、診療費も薬剤費も上がり、制度の持続は難しくなります。医療の発展も制度の持続も両立できるように診療報酬・調剤報酬や薬価を定める業務に携わりました。

そうした国民の生活に密接に関わる仕事をされている紀平さんから見て、薬学教育にどのようなことを期待していますか。

 薬剤師資格は、独学では取得できず、6年制薬学部で学ばなければ国家試験の受験資格が得られません。それは、薬剤師として職責を果たすためには、単に知識を身につければよいのではなく、卒業後、10年、20年と時間が経過したときにもどんどん進化する医療や薬学に対応していく土台を持つことが求められているという証であると思います。職業訓練学校のようになることなく、医療と学問の原理・原則、倫理的な側面など、科学者と医療職種としてのベースをしっかり養ってほしいと考えています。
 大学時代に、「医薬品という物質があるわけではない。化学物質の全てに毒性がある一方で、疾患に有効な作用を示すものが医薬品と呼ばれ、毒物や医薬品になるかどうかは曝露量で決まる」と教えられたことをよく覚えています。化学物質と生体について知識を得て、その関係性を学ぶのが薬学です。その知識は、医薬品という狭い領域だけでなく、化粧品、食品、環境問題などにも活用できるものであり、広く視野を持つことも大切にしてほしいと思います。

ありがとうございます。ご期待に応えられる教育を行なっていきたいと思います。行政を目指す人にアドバイスもお願いします。

 私は、入省後すぐは化学物質全般を扱う部署に配属され、現在は消費者庁で食品衛生基準に関わっています。幅広い領域を俯瞰して考え、多分野の知識や経験を組み合わせる力が求められる仕事です。たくさんの情報や価値観に触れることが医療資格者としての幅を持たせることになると思いますし、情報の正しさを見定めるために出典・原著を当たることは科学者・研究者として基本的なことで、そういったことは行政に携わる上でも大事なことかと思います。また、国民や社会に説明ができるように、広く一般的な視点と感覚を持ち、日頃の生活の中で課題を見つける意識も大切だと思います。

プロフィール

消費者庁食品衛生基準審査課長

薬剤師 博士(薬学)

紀平 哲也(きひら・てつなり)

1995年、大阪大学大学院薬学研究科修士課程を修了し厚生省(当時)に入省。生活衛生局、薬務局、保険局等に在籍し、新薬の承認審査、薬価算定・調剤報酬、薬剤師・薬局関連施策等を担当。科学技術庁、国立医薬品食品衛生研究所医薬品医療機器審査センター、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)、米国食品医薬品局(US FDA)、富山県、内閣府へも出向。2018年8月よりPMDAワクチン等審査部長。2020年8月より厚生労働省保険局医療課薬剤管理官として令和4年度診療報酬改定・薬価改定を担当。2024年7月より現職。