大学のモチベーションが上がるような視点を持って評価をする
2022.3.11(取材日:2021.8.20)
北海道大学大学院薬学研究院教授
原島 秀吉
Hideyoshi Harashima
薬学教育評価機構(以下評価機構)では、6年制薬学教育の質を保証するため、国公立私立全大学の教育プログラムを他大学教員、薬剤師、医師、看護師、医療ジャーナリストなどを含む第三者が評価し、改善すべき点や優れた点など、大学の教育評価を行っています。ここでは、評価者としてのご経験を持つ北海道大学大学院薬学研究院の原島秀吉氏に6年制薬学教育や評価機構の教育評価などについて伺いました
原島先生はどのような研究をされていますか。
21世紀に入り、これまで夢の世界であった、遺伝子治療薬や核酸医薬が続々と登場し、がんをはじめとした治療の難しかった病気の治療に活用されるようになりました。日本で蔓延している新型コロナウイルス感染症(COVID-19)用のmRNAワクチンは核酸医薬ですが、1年以内に開発・承認に至り、全世界でワクチンの接種が進んでいます。このワクチンには革新的な薬物送達システム(drug delivery system;DDS)が用いられています。DDSは病気になった組織や細胞に必要な薬効成分を、適切な時間のみ作用するように調整する技術のことで、これによって治療効果を高めたり、副作用の危険性を減らしたりすることができるのです。
私たちもmRNA/siRNAなどの核酸を作用部位へ送達するDDS技術を開発してきました。現在は、企業と連携して実用化も積極的に進めています。
大学での研究は卒業後どのように生かされていると思いますか。
薬学部で行っている研究は多岐にわたり、それぞれの研究が薬剤師の仕事に直結するとは限りません。しかしながら、研究を行うことによって学習した論理的思考力や論文作成力は薬剤師の業務を行ううえで必要です。最近では、医師や看護師と患者情報を共有し、薬剤師が医師に処方提案するケースが多くなってきました。処方提案するには、患者の症状や薬の特性を考慮する必要があり、それには研究で培ってきた論理的思考力が役に立つでしょう。
薬学部が6年制になって15年たちましたが、学生の変化を感じることはありますか。
従来の4年制の学生と比べて、卒業時点において知識量は各段に向上し、実務能力も5カ月にわたる病院と薬局の実務実習で十分訓練されているように思います。臨床現場でも即戦力になっている卒業生が多く、6年制の薬学教育により、臨床能力はかなり高まったのではないでしょうか。
一方、研究面で見ると、見劣りする学生が見られます。従来の修士課程修了の大学院生に匹敵する研究力を持った学生もいますが、まだまだ少数派です。
他大学を評価して良かった点や評価についてお考えがあったら教えてください。
私にとっては、他大学の教育状況を間近に知る機会となり、貴重な体験となりました。その一方で、研究重視型と薬剤師教育重視型というように、実際の教育内容はそれぞれの大学によって異なっているようで、これらを一律に評価することの難しさを実感しました。実現するのは難しいかもしれませんが、例えば、研究重視型、バランス型、薬剤師教育重視型といったように、いくつかのグループに分けて、そのグループの中で評価するとより公平で前向きな評価ができるのではないかと考えます。そうすることで、大学の目指すべき目標が明確になるとともに、大学同士の競争意識も芽生え、結果的に薬学教育の向上につながるのではないかと思います。
評価機構は今後どんな役割を果たすことが望ましいと思いますか。
各大学の教員が積極的に教育システムを改善する意識が芽生えるような仕組みをつくることが評価機構の役割だと考えます。粗探しをするのではなく、新たな目標設定が生まれるよう評価される側の大学のモチベーションを上げる視点が必要です。
薬学部を目指す高校生に、6年制薬学部で学ぶことの素晴らしさをお伝えください。
21世紀になり、生命科学・創薬における進歩は私たちの想像を超えて進んでいます。それに伴い、革新的な治療薬が開発され、新しい治療法も確立されるようになりました。近年、医療や地域の中で薬剤師の役割は劇的に変化しています。薬学部は、臨床はもちろんのこと、最先端の医療が学べることも特徴の一つです。新しいことに挑戦したいと思っている学生にとっては、楽しくエキサイティングな領域だといえるでしょう。
卒業後は、自身が学んできたことを医療チームや患者へ還元できるようになれば、周囲からも信頼され、それが自身のやりがいにつながるでしょう。生命科学・創薬、臨床に貢献しようと強い意識のある方はぜひ目指してください。
プロフィール
北海道大学大学院薬学研究院教授
原島 秀吉(はらしま ひでよし)
1986年東京大学大学院薬学系研究科博士課程中退、同年東京大学薬学部助手。87年スタンフォード大学医学部麻酔科へ留学(日本学術振興会海外特別研究員)。89年徳島大学薬学部助教授、99年北海道大学大学院薬学研究科教授、薬剤分子設計学分野を創設、2009年未来創剤学研究室を創設・兼任、核酸・遺伝子の細胞内動態制御に基づいた送達システム、多機能性エンベロープ型ナノ構造体(MEND)の創製を行い、現在に至る。2019年度に評価者として第三者評価を行う。