患者さんに寄り添い最適の薬物療法を実践する病院薬剤師
2022.3.11(取材日:2021.10.28)
国家公務員共済組合連合会
虎の門病院
薬剤部薬事専門役
林 昌洋
Masahiro Hayashi
6年制薬学部では臨床能力を身につけることを目的に5年次に病院において2.5カ月間の実務実習を行っています。ここでは実務実習受け入れ先の施設責任者の立場から虎の門病院薬剤部薬事専門役の林昌洋氏に6年制薬学教育や病院実習について伺いました。
現在のチーム医療モデルの礎を確立した虎の門病院ですが、薬剤部の特徴を教えてください。
虎の門病院は、造血幹細胞移植やCAR-T細胞療法といった再生医療、心臓のバイパス手術など、最先端の医療に加え、最近では新型コロナウイルス感染症患者の治療に当たるなど幅広い医療を提供することで、地域医療を支えています。
また、当院では早い時期から患者さんを中心としたチーム医療にも取り組んでおり、その中で薬剤部では、医師が気づかない薬学的な問題点を見いだして、患者さんの副作用を少しでも和らげるように処方提案などを行い、多くの実績を上げています。
最先端の臨床現場で医師と協働で薬剤業務を行われていますが、実務実習はどのような体制で臨まれていますか。
病院には、患者さんがいて、医師・薬剤師・看護師・理学療法士・栄養士・臨床検査技師などの専門職がおり、診療録や看護記録、検査データや画像データが整っており、チームで進める環境が整っています。当院では、高次急性期の総合病院であるがゆえに、がんや高血圧症、糖尿病といった代表的な8領域の疾患はもとより、明日の医療のスタンダートとなる薬物療法・放射線療法・外科療法があります。
学生には、なるべく多くの時間にわたって臨床薬剤業務を通じた実習に関わってもらい、自ら考える機会をつくっています。
患者さんの生理機能や治療計画について、指導薬剤師のもと学生自身が薬学的に評価し、懸念点があれば当院に併設する医学図書館も活用してもらい、エビデンスに基づいた処方提案ができるようにしています。
こうして学生なりに考察した薬物療法の問題点を指導薬剤師が評価して、必要があると判断されば医師への処方提案なども体験できます。いくつかの処方提案について医師の同意が得られれば、患者さんと面談して処方変更の意図を説明して、患者さんと一緒に薬物療法をつくっていくことも経験することができます。
いろいろな環境が用意されていて、実習生にとって有意義な実習になると思います。それでは、病院薬剤師にとって大切なことは何でしょうか。
病院薬剤師にとって大切なことが3つあると感じています。
第1は、チームの中で薬剤師の役割が果たせるように、薬の専門職として薬剤師職能を生涯磨いていく姿勢を持つことです。添付文書やインタビューフォーム、ガイドラインに書いてあることは、少し前の医学・薬学に基づいた標準的治療に関するものです。市販後に得られるデータも含めて、一人ひとりの患者さんに合わせた薬物治療を提案できなければ、患者さんや医師などのチームメイトの期待に応えられる成果を上げることはできません。
第2は、患者さんに寄り添うホスピタリティです。どんなに優れた薬剤師職能を有していても、私たちが薬学的なケアを提供する患者さんは、一人の人間であり、その方の人生があり、価値観があります。患者さんの声に耳を傾けて、副作用の初期症状を見いだし、価値観を理解して最善の未来の健康を支援できる薬物療法を提案するための慈愛というか、博愛というか、そういったホスピタリティがないと、この仕事の楽しさは実感できないでしょう。
第3は、医療現場で気づいた疑問や課題を、研究課題に置き換えるマインドです。特に専門薬剤師を目指す方は必要な資質でしょう。当院では、産婦人科と薬剤部の共同で、1988年より妊娠と薬相談外来を開設して、妊婦さんの服薬カウンセリングを実施し、今年、成育医療研究センターとの共同研究の成果を論文化することができました。妊婦さんの不安に応えうるエビデンスの創出ができたと考えています。
臨床側から評価機構に望まれることはありますか。
病院や薬局だけでなく、製薬企業や研究者など薬剤師が働くステージは、臨床だけではありませんが、実務実習で学んだことがこれからの仕事のモチベーションにつながっていることも少なくありません。臨床に重きを置いた教育が展開されるよう各大学に助言してほしいと思います。
最後に高校生に一言お願いします。
多くの方は、治療薬はどんな病気も治す魔法の薬だと思っているかもしれませんがそうではありません。治療薬には、分子生物学、薬物動態学、臨床薬理学など、化学や薬学という仕掛けがあるのです。その過程を理解して、患者さんにとって最善の薬物治療を提供できる薬剤師は、やりがいがありますし、自身の人生を有意義なものにできる職業だと思います。興味のある方はぜひ目指してほしいですね。
プロフィール
国家公務員共済組合連合会
虎の門病院
薬剤部薬事専門役
林 昌洋(はやし まさひろ)
1980年東京薬科大学卒業。同年より虎の門病院薬剤部に入局し、「妊娠と薬相談外来」の開設に尽力する。薬剤部長、治験事務局長、臨床研究事務局長などを歴任し、現在に至る。薬学博士。専門領域は臨床薬理学、医薬品情報学、妊婦・授乳婦薬物療法。